鬼女事件簿~鬼女が起こした事件の数々~

2chで話題の鬼女が起こした事件をまとめた2chまとめサイトです。

両親

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
【前編】
【中編】
【後編】 ←

118: はじめまして名無しさん 2012/02/02(木) 00:45:17.69 ID:???0
というか自分が同じ様にされたら嫌だと思わないのかね

私の親が「いい年して、実家暮らしで、親に身の回りの事をほとんどやってもらってて
姉をデートにまで連れてくる、自立してない男に娘はやらん!
大体娘の悪口を言う家庭に、誰が嫁入りなんかさせるんだ」
って猛反対してるの。それで毎日喧嘩してるわ。でも本当の事だから仕方ないわよね。

って彼女に言われたらどんな気分だよ…

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
【前編】
【中編】 ←
【後編】 23:43公開予定

810: ◆WdT/qgJ2zQ 2012/01/30(月) 02:05:17.78
すみません、相談してもいいですか?ここがいいんじゃないか、と言われました。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
【前編】 
【中編】 22:43公開予定
【後編】 23:43公開予定

896: 名無しさん 2012/01/29(日) 17:10:37.95
凄い好きすだったのに、オレが親から反対され続け、それも一緒に乗り越えて行こうと話し合ったのに、やっぱり無理だね好きだけじゃどうしようもない事ってあるねと言われて、また話し合いました。
結果、好きだけど別れようって事になった。
本当にこんな話になるとは。
彼女のこと大好きで、向こうもオレを好きなのに別れるんだ・・つらい

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
6: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2014/01/04(土) 10:51:09.77 ID:aOZvdgvW
今まで生きてきて一番の修羅場は新婚旅行から帰ってきた日。
地元の空港に到着したら私と夫の双方の両親が迎えにきていた。
到着便は教えてあったけど、迎えにくる予定はなかったし
正直疲れてるからさっさとタクシーででも新居に向かいたかったのに。
けど、そんなどころじゃなかった。
当時は携帯電話が無かったし、新婚旅行先でニュースなんて見なかったし
全然知らなかったのだが、私らが浮かれている間に地元を台風が直撃していた。

私たちの新居のそばを流れている川が氾濫して2階建ての戸建て新居の1階部分が床上浸水。
川がやばいらしいと聞いて双方の両親が新居に集合し、
1階の荷物を2階に移動させようとしたらしいが
そんな時間もないぐらいアッと言う間だったらしい。
婚礼家具アウト、テレビもアウト、冷蔵庫などのキッチン家電も食器棚もその中の物もアウト、
シューズボックスも靴も全てアウト、清々しいほどに1階の荷物は全てアウト。
空港でそれを聞いたとき、旦那と私、爆笑してしまった。
人間ショックがでかいと笑うって本当だねw
少しでも“望み”があるとそれにすがってしまうけど、
こうまでやられてしまうと案外サクッと気持ちが切り替えられるみたい。
とりあえず新居を見に行って、そのあとそれぞれの実家に泊まることになった。
本来なら田舎のことだから結婚した以上義実家に行くべきなんだろうけど
義父母がいい人で、好きにさせてくれた。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
659名無しさん@おーぷん 2017/04/12(水)00:22:24 ID:p6j
取り留めの無い長文で恐縮ですがご容赦ください。

崩壊はある日突然訪れました。

私がまだ幼い時、両親が交通事故で他界し、当時比較的若かった父方の祖父母の養育と母方の支援も受け
慈しまれ育てられました。お金のことは心配ないと短大にまで進学させて戴き
憧れ、目標にしていた両親が生前勤務していた企業に就職することが出来ました。

就職して四年ほど経った頃、電車に乗り帰宅していると若い女性に声を掛けられ
顔を見ると通勤や帰宅時にたまに見かける女性で、その日以来顔を会わせる度に会話をするようになり打ち解け
名前や連絡先を交換するまでになりました。女性の名は美鈴と言い
彼女の性格に惹かれ好意を抱き告白しようと思った頃、先を越される形で告白されました。
私は喜んで受け入れそれから三年の間お互い愛を育み、今度は先を越されぬよう結婚の申し込みをし
美鈴も感極まった表情で受け入れ、結婚しました。

お互い支え合い愛し合い、本当に幸せな毎日でした。そんな生活が二年続き、そろそろ子供が欲しいと思い出した頃、
会社の事情で海外支社へあくまで正式な担当者が決まるまでの一時的な措置という話で私が指名されました。
私は断固拒否しましたが、適任者は私しか居ないと上司に説得され受け入ざる得ませんでした。
私は沈痛な気持ちで、美鈴に報告しました。彼女は泣き出しましたが
数日後、気丈にも少しの間だけだから大丈夫と言って同意してくれました。

辞令が下り、出国の当日空港に向かう車の中で黙ったまま手を握り合い、そして出国ゲートで涙を堪え
いつまでも私を見送る美鈴に私は何度も振り返り、何度も手を振り別れを惜しみました。
私は遠い海外の地で少しの我慢だと自分に言い聞かせながら日々仕事に励みました。
正直嫌な予感はしていたのですがいつまで経っても正式な後任とやらは決まらず
一年が経ち、あと一年、次の年が来ると、流石に強く抗議はしましたがもう一年だけと延ばされ、
ようやく国内勤務の内示が出た時には三年の月日が流れていました。

私はすぐさま美鈴に電話をかけ、日本に帰れること。一緒に暮らせること。これまでの勤務が評価され上位部署へ配属されること。
昇給することを報告しました。美鈴も嬉しそうにしていましたが
どこか上の空で元気の無い印象を受けましたがその時は気にかけませんでした。

このページのトップ