鬼女事件簿~鬼女が起こした事件の数々~

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両親

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【1/2】
【2/2】←11:43公開予定 


1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/02/16(水) 22:26:23.81 ID:7Ht4TH3Q0
色々とあったけど気持ちの整理がついたのでちょっと書いてみようかと思う

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887: 名無しさん@HOME 2017/03/05(日) 21:21:46.03 0
子供生後半年で私は育休中、このタイミングで夫が仕事を辞めた 

幸い臨時だけど次の仕事がすぐ見つかったので
空白期間なしで翌月から即働けることになったが、
この話を実家でしたところ両親が大激怒、私と子供を自宅に返してくれなくなった

夫に、すぐに説明と謝罪に来ないと娘は返さんと言い、
幸い翌日の夜時間を作って来てくれたものの、
次のところで正規採用が決まるまで娘は返さないと、結局追い返してしまった 
今月から予定通り新しい職場で働きだしているものの、給与は多少下がる模様
しかも来年度の募集に到底間に合うはずもなく、再来年度の募集もあるか不明
両親はこのタイミングの悪さに怒りが収まらず、私に離婚を勧めてくる

もう、どうするのが良いのかわからない

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142: 名無しさん@おーぷん 2016/10/21(金)09:29:42 ID:0AD
ストレス値が高くなってるのはわかるけど
どれが原因かわからない

お見合いした相手がまったく会話ができない
「ああ」「うん」「まあ」「そのうち」「あはは」
だけで続かない
こっちが話題振っても単語返されて終わり
何度かデートしたけど無理かなって思ってた

なぜか相手の両親が乗り気でこっちの両親と話し合い
結婚の話がほぼ決まりになってた

いきなり相手から顔合わせするからって連絡がきて
両親私共に休みが調整しづらい職種なのを無理矢理調整

お店の場所は私と彼でってことになったらしいが
彼がまったく動かず

私が話し合おうとしても
居酒屋のお座敷でいいじゃないかと
彼の母は両足が不自由で正座ができないのに
結局私が条件に合う店探して提案して決定

顔合わせの席で彼の母からいきなり
結婚式の日取り予定やら
結婚式会場の見積もり複数を渡される
その場はとりあえず話だけだからで解散

その後彼からはほとんど連絡なし
連絡ついてファミレスで会うも
「例の件だけど」と曖昧

いろいろこっちが誘導して解析した結果
結婚してほしいといいたいらしい

あれこれ思ったけど私の両親が
乗り気だったこともあって結果承認

相手の親が設定した結婚式の日付は大型連休真ん中
業者とかの関係もあって
先に二人で住むところを決めとかないといけない

彼に言っても理解してない
何度も何度も説明してようやく不動産探しに
手頃な物件があって押さえてもらうが
彼が両親に何言ったが知らないがいきなり

「親に早いって言われたから取り消ししておいてあげたね」
と数か月経過して結婚式が近づいても彼からは
次のデートの場所はとかの連絡のみ

腹立った私が勝手に不動産探して数件提示し決定
彼の親がなんか言ってたが私が契約主になるからと
突っぱねた

職場への書類提出不動産の打ち合わせやら
もろもろ手続きを終えたがその間彼からは
一言も手伝おうとか労りの言葉もなし

なのに契約した物件には当日から一人で住みだした
住みだしてから日数経っても住民票移してなくて
書類が面倒なことになっても「うん」で終わり処理は私

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【3/3】←NOW

128:
名無しさん@お腹いっぱい。 2014/12/12(金) 00:23:19.60 .net
やっと赤ん坊の性別が判明した
俺の希望通りの男児でとても嬉しい

が、嫁が俺の両親には俺から言っておいてと冷たい…
嫁から連絡した方が絶対俺の両親も喜ぶと思うんだが…

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330: 名無しさん@HOME 2012/09/07(金) 09:19:21.60 0
 
受験の修羅場書き捨て。


うちは高校二年生の時両親が離婚、母のもとで生活していた。
父がサイマーで家計は火の車らしかったけど、そんな事情を気取らせることなく
家にはいつもお菓子のストックがあり、好きなものも買ってもらえていた。
生活を制限されたことも、苦労させられたこともなかったのは、本当に感謝している。

けれど逆に、家庭の経済状況はまったく教えてもらえなかった。

私が通っていたのは、県下でも三本の指に入る(高校教師陣自称)公立進学校。
大学に行くのが当然で、それ以外の進路を選択しようものなら変えるよう何度も説教。
進路決定が本格化した際に、私は母に進路について話した。
母は、行きたいところに行けばいい、お金は気にするなとだけ言って、あとは忙しいで打ち切り。
馬鹿な私は、県外の私立大を第一志望として据えた。
返還なしの奨学金がでること、何よりも、その学科がそこにしかなかったため。
当時不登校で、自立しなければと強く思っていたため、
世話焼きで過保護気味な母から離れたかったというのも一つあった。


高校三年の10月。自宅で三者面談が行われた。
進路決定と成績表を並べ、ドヤ顔で進路決定の理由を述べる私。
母はじっと進路を見つめ、私の話を遮って言った。
「うちに県外の大学へやるお金はありません。自宅から通える国公立しか無理です。
だいたい、料理のできないあんたに一人暮らしは無理。今の状態じゃ友達も作れなくて
途中でやめて帰ってくるのがオチでしょう」
なんでこんなぎりぎりまで話してくれなかったのかとかそこまで言うかとか
料理できないのは母が台所に入れてくれないせいだろうとかいろいろ考えて撃沈。

担任はお花畑でそれなら教育学部に行けばいいと一人でマシンガントーク。


結局そこから大幅に進路変更(第二志望も県内私立)
国公立で無理やり行きたいところを選出したものの成績が足りず落ちて
専門学校へ入学が決まりました。
 

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