鬼女事件簿~鬼女が起こした事件の数々~

2chで話題の鬼女が起こした事件をまとめた2chまとめサイトです。

失踪

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522: 本当にあった怖い名無し 2014/02/06(木) 05:14:09 ID:n/6u2wO30

託児スレか 迷ったけど、復讐が主な部分なのでこっちで。

私が5歳の時、父と母が離婚して私は母に引き取られた。
離婚理由は父に隠し子(以下A子)がいたこと、私と同じ歳の女児で、皮肉なことに二人共そっくりな容姿だった。
私が7歳の時に母が病タヒ、母の両親も既に鬼籍に入っていたので、私は父に引き取られる事に。
当然、父の新しい家庭で私は邪魔者扱いで酷い扱いを受けた。
A子が可愛がられて自分が虐げられるのが辛くて仕方がなかった。
A子が自分によく似た容姿だったから尚更なのかもしれない。

で、A子は大学へ、私は高校卒業後就職して自立。
A子は19歳で男児(以下B男)を出産して大学を辞め、実家で仕事せずに暮らしていたらしい。
未婚なのは相手がホ/ストだったから。
A子が25歳の時に「運命の人に出会った」と子供を置いて蒸発。
「孫の面倒全部ミロミロ」と言われて、私は復讐を思い立った。

B男を引き取り、愛情を注いで育て上げた。
喧嘩もしたし、一緒に泣いたり笑ったりした、だた、恋愛事の相談には一切乗らなかった。
B男が小さい頃からわざと私に恋愛感情を持たせるように仕向けた。
「親」としてと「女」として、ギリギリのラインを考えに考えて発言、行動した。
B男はまんまと私の罠にはまってくれた、私に好意を寄せてるのが見え見えだった、それに葛藤している事も。
笑いを堪えるのが大変だった。

B男が18歳になった時に、「僕は母親としてではなく、ひとりの女性として貴方が好きです」とついに言った。
待ちに待った瞬間だった、何度も何度も頭の中で予行演習した言葉をB男に言ってやった。


「気持ち悪い、貴方をそんな風に育てたつもりはない」

この言葉がよっぽど答えたらしい、B男は大学受験に失敗し、今は祖父(私の父)の家でアルバイトしながら暮らしているらしい。
色白で背が高くて格好良いと言われていたB男は今はやつれて小汚い男になっているらしい。

もう3年前の話、40歳になるおばちゃんがお墓まで持っていく復讐話。

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※未解決m(_ _)m
773:名無しさん@お腹いっぱい。2015/11/30(月) 21:05:50.31

だれか聞いてくれ。
俺の嫁はこれといって非がない。娘も1人いる。
だが不倫相手を愛してしまい、どうしても一緒になりたい。

浮気は推測されてるのもあったし嫁に正直に「お前に愛がなくなった、一緒になりたい女がいる」と離婚したいと言った。

何と理不尽なことかと自分でも思うけど、どうしても彼女をこれ以上待たせたくない…
だが嫁はもちろん首を縦には振らずいまではろくな会話もなし。仕事でなかなか嫁とは時間が合わないし
話し合いすらできてない状態。嫁のいる家に帰る俺を彼女がすごく疑ってる
とりあえずどのみち別居はしたいんだが
俺には貯金もないし嫁が通帳握ってるから家も借りれない
だが彼女が初期費用を出すからと同棲したいと…
俺名義でないと借りれないし
生活の金も必要だし、離婚が成立しなくても通帳は持ち出すつもりだが
婚姻費用だとかって裁判とかになってからやっと払うもんなの?
頭がパンクしそうだ

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693: 可愛い奥様 2006/12/23(土) 03:59:18 ID:BAvfEQsK
家の旦那、今無職中。 
34歳で12年働いた会社を辞めました。 

きっかけは転勤でした。
新しい赴任先になった時からノイローゼ気味で、 
毎日しぬんじゃないかって心配でした。 

そう思っていた矢先、旦那が失踪。
4日ほど見つからなく、警察には捜索願いを出し、
会社にもたくさん心配させてしまいました。 
結局旦那は、しのうとして家を出たけど、
急に怖くなり家に電話を掛けてきました。 

5日目にして家に戻って来たけど、
待っていたのは無職の現実。 


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789: 名無しさん@HOME 2008/02/17(日) 21:08:35 O
母親と兄弟のことで相談させてください。

私には持ち家があるのですが、
今は夫の実家で住まわせて頂いています。

私の実母は育児放棄していた(私のみ)のですが、
私が中学生のときに兄を連れて失踪しました。

実父はそれから男手ひとつで私を育ててくれました。
母親はいないと差別されるのではないかという
父の考えから法的には両親は離婚はしてません。


ファザコンと言われるほど父とは仲良くしていたのですが
私が妊娠してから
「育児放棄された子供に育児はできない子供はおろせ」
と言うようになりました。

子供が産まれてからも変わらず
毎日の電話攻撃に耐えかねて夫の実家に逃げ込みました。
姑と舅、夫が間に立ってくれ、父は心療内科にかかり始め、
今では電話やメールなら普通に出来るようになりました。

すみません、続きます

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660: 名無しさん@おーぷん 2015/05/05(火)22:24:22 ID:???
あの忌まわしい出来事が、この季節が来ると思い出します。

私は専門学校へ通っていた時、夏美という女性知り合いました。会った瞬間、運命的なものを感じ、
猛アプローチを掛け、彼女も笑顔で付き合うことを承諾しました。
お互い就職して3年の社会人を経験し、結婚をしました。
夏美と話し合い、暫くはお互いに仕事を続け、マイホーム資金を貯め、家族を作り、幸せな家庭を築く。。
そんな人生プランを立て、目標に向かってお互い励まし助け合い、仕事に勤しむ毎日を送っていました。

そんなある日、私は業務で、隣町の営業所に社有車で出かけた時のことです。
思ったより早く業務を終えたので、気分転換も兼ね、遠回りの山沿いの道を選び、帰途につきました。

その道は雑誌でも紹介されており、新緑の回廊をちょっとしたドライブ気分で気持ち良く車を走らせていました。
路肩に工事予告の標識が置かれており、交通警備員が赤い旗を振っているのに気付き、車を減速させ、停車しました。
路肩の雑草を伐採しているようで、片側規制されており、対向車が数台走って来ました。

すると、私の車と同じ車種、同じ色の車が通り過ぎ、思わずドアミラーに目をやり、過ぎ去っていく様子を確認しました。
車の後部に、私が付けたオプションのパーツと同じものがついていて、
ナンバーは鏡なので逆に映り、確認までは出来ませんでしたが、同じナンバーだったように思えました。

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