鬼女事件簿~鬼女が起こした事件の数々~

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遺書

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550:名無しさん@HOME2017/11/25(土) 12:37:34.78 0
本気で義兄嫁が頭おかしい、
旦那には言ったけど旦那も兄(私の義兄)にどう言ったらいいか困ってる
でも言わなきゃこのままだよね、困るよって私が強く言ったから今日義兄に話に行ってる

私は二人姉妹の妹で実家は要資格の家業があるので
姉が大学で資格を取ってしばらく修行してから事務所入りした
私は姉より先に結婚して家を出たその後、
実家の事務所に姉の後輩が入って姉と結婚して姉家は2児を授かった
つらいので端折るけど、数年後に事故で姉夫が亡くなって父も障害が残った
姉は事務所の仕事がある、母は持病があって+父のサポートで手一杯で
必然私が姉家の二人の子の面倒を見ることになった

食事と小学生の学校生活の準備と塾(中受準備)で
うちの子の受験は済んでたので二週目的な感じで塾スタッフと面識もあった
それで幸い甥は志望校合格(姪は小学校から私や姉の母校の付属だったので受験はない)
甥が合格した頃から色々と上向き始め、父もリハビリが効いて事務所に復帰出来るようになった
↑これを義兄嫁(旦那の兄の嫁さん)に同じことしてくれって頼まれて
断ったら「遺書にあんたの名前書いて自サツ未遂して恥かかせる」と意味不明な脅迫

義兄の子は現在5年生、義兄嫁はうちの子や甥の通う中高一貫の進学校に入れてくれという
※通塾経験無しで模試の数値などデータが無いので
万に一つのダークホースかも知れないがそこは置いといて
うちで預かる謂れはないし、
何よりも今からでは進学塾の特進部はよほどの数字を叩き出さないと入塾できない
義兄嫁がなんで今になって思いついたのかもさっぱりわからない

さらに旦那の話では義兄家に塾代と私学の中高の費用は苦しいのじゃないかな、と・・・
断っても断ってもしつこいし、旦那が義兄に話に行ってる間の吐き捨てで投下します

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816:名無しさん@HOME2010/02/01(月) 20:54:06 0

もう10年以上も前の話。

高校生だった俺は、担任に嫌われていた。
親が警察官で駐在所に住んでいたんだが、後で分かったが担任は飲/酒運転して免停になり、警察官の子供の俺を逆恨みの対象にしていたらしい。
担任がいろいろしてくるから、俺は孤立。
ジサツまで考えた。

ある時、本当にジサツしようとしたが、家族には理由を教えよう、と遺書を書いていたんだ。
そしたら、部屋に入ってきた姉ちゃんに遺書が見つかり、理由を説明する羽目になった。

当時姉ちゃんは大学生。
心理学を専攻していた。
「ジサツしようと思うくらいなら、仕返ししよう。
手伝ってあげる。」

姉ちゃんがいろいろ情報収集した結果、先に書いた理由が分かったらしい。

後、行っているのみ屋や家族も調べたらしい。

姉ちゃんがやった事。
1 1週間くらい毎日、?み屋の姉ちゃん風のけばい格好で担任自宅付近をうろつき、通りすがりのおばちゃんに担任の家を尋ねる。
2 県、市の教委に、担任の素行の悪さを苦情を申し入れる。
「高校に通う学生の父兄ですが、担任先生はおかしくないですか?
ちゃんと対処お願いしますね。」
3 時間割を確認して、担任の授業中を見計らい、学校に電話、
「担任さん、いますか?
授業中?
なら、良いんです。」
と言って切るを何日か繰り返す。
続く

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651: 恋人は名無しさん 2009/09/19(土) 10:57:23 ID:ONck0Mks0

これは最近の修羅場です! 

私…22歳 
彼A…32歳 
元彼女B…20歳 

Aとお付き合いをして、婚約をし全てが順調にいっていると思っていました。 
婚約中の妊娠でしたが、本当に幸せでした。

彼の家でマッタリしていると彼に電話が… 
私『電話でないの?』 

A『たいした用事じゃないし…いいよ。』 

なんてAの様子が少しだけ変だったんです。
 

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891: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/12/22(月) 21:29:04.49 ID:B9KEo72v.net
家族のシってのはありきたりだけど、家族(兄)が自サツしたことかなぁ。
原因は借金してたことだった。何に使ったのかよく分からん。
最後の持ち金は11円。車のなかに最後に食べたと思しき兄が好きだった
肉弁当みたいな空弁当箱があった。

日々の金に困って母さんの財布からも盗んでたらしい。
就職一人暮らしして何年も会って無かった自分のところにも金借りにきた。
思えばそこで気づくべきだった。

自サツしたって聞いて、最初は悲しくなかったけど、遺体を見たら急に悲しくなって
涙が止まらなかった。
どうして気づけなかったのか自分を悔いたし、何とも思ってなかった兄がシんだことに
対してこんなに悲しくなる自分に凄く驚いた。それが衝撃だったかなぁ

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482: おさかなくわえた名無しさん 2014/08/30(土) 01:30:11.09 ID:QFOwXfVQ
4歳ごろの幼い頃の修羅場
おぼろげな記憶を補ってるので、
おかしなところがあったらごめんなさい

我が家は祖父母の代からちょっとゴタゴタした複雑な家庭で、母の兄姉は母とは腹違いだった為、母のことを嫌っていた

母の実母は短命だったのでどんな人か知らないが、実父(私の祖父)は母を大切にしていたと思う

そんな祖父が亡くなる時に人悶着あり、祖父からこっそり遺書を私が手渡されていたりと色々あって、兎に角大変だった

母は兄姉から虐げられていたせいか、家庭に居場所のない、所謂放置子にも分け隔てなく接している人だった 

近所に家に誰もおらず締め出されている子がいれば家に招いてたし、勝手に庭に入って私のおもちゃなんかを持って行く子にはきちんと叱ってダメなことはダメと懇切丁寧に教えていた 

我が家の数件隣には熱心な教育ママがいたんだけど、その教育ママ、二人いた姉妹のうち姉にだけ目をかけて、妹(以後Aとする)は放置してた 

Aは私より数歳年上で小学校に行ってたんだけど、母親の愛情に飢えてたせいか、よく私の母に甘えに来ていた 

いつも家に来るものだから、私は姉みたいに思ってたんだけど、Aは私のことが大嫌いだったらしい 

上で書いた祖父が亡くなって家が大変になったとき、遺書を私が祖父からこっそり託されていたことで母親が物凄く追い立てられていた 

幼い私にもわかるくらい痩せてやつれていってたけれど、我が家にきて私を罵倒する兄や姉からいつも私を守ってくれてた 
Aは家の外から、たまたまその現場をみていたらしい 

で、「あいつ(私)がいるから、ママ(私母のことをママと呼んでいた)が苦しんでるんだ、あいつさえいなければ」という考えにたどり着いたらしい

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